足利政氏・足利高基・足利晴氏・足利義氏は

足利政氏は、2代目古河公方。

父は足利成氏。

享徳の乱終結後、扇谷上杉氏から山内上杉氏支持に転換した父成氏の方針に従い、1496年の武蔵柏原合戦で山内の上杉顕定と共に扇谷の上杉朝良と戦う。

翌1497年の成氏死去による家督継承後もそれを変える事無く、1504年の武蔵立河原合戦では北条早雲・今川氏親とも戦っている。

1505年の両上杉氏和解後は弟の顕実を上杉顕定の養子に入れたが、これをきっかけに嫡子・高基と対立、一時は和解したが、1510年の顕定敗死後の後継ぎを巡り、再び対立、さらに次男・義明とも対立し、小弓御所として独立されてしまう。

結局和睦し、公方の位を譲り、出家、武蔵久喜の館に引退した。

1520年には古河城を訪れ、高基と面会している。

1531年に久喜で没した。

政氏は太田道灌謀殺後の両上杉氏の対立に際し、父成氏の路線を引き継ぐ事により、関東における武家の棟梁たる地位の維持に努めようとした。
update:2010年07月17日